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広島地方裁判所 昭和58年(行ウ)12号 判決

原告

金又在煥

右訴訟代理人弁護士

島方時夫

被告

広島労働基準監督署長堀本昌城

右訴訟代理人弁護士

末国陽夫

右指定代理人

河上芳範

右同

奥田潔

右同

住田保則

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対して昭和五六年六月二三日付けでした労働者災害補償保険法による障害等級第一二級相当額の障害補償給付を支給する旨の処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  本案前の申立て

主文同旨

三  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、山口県下関市大坪町所在の有限会社成和建設に土工として就労していたが、昭和五三年八月一一日午後三時二〇分ころ、山口県下関市竹崎町一丁目所在の久保田建設株式会社中国支店下関出張所の施工する配水管布設工事現場において、掘削土の残土、一輪車でダンプトラックに足場道板を渡して積み込む際、バランスを崩して道板を踏み外し、アスファルト舗装の道路上に転落し、左足踵骨骨折などの傷害を負った。

原告はその後、済生会下関総合病院などで治療を受けたが、患部の変形・疼痛や左下肢の筋力低下・筋萎縮などのほか、足関節の変形・機能障害、腰痛、根性坐骨神経痛などの障害が残り、昭和五五年九月六日、症状固定となった。

2  原告は、右後遺障害について、被告に対し障害補償給付の請求をしたところ、被告は、昭和五五年一二月二四日付で、右の障害は、障害等級第一四級に該当するものと判断し、同等級にかかる障害補償給付を支給する旨の処分(これを第一次処分という)をした。

原告は、この処分を不服として、労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたところ(以下、第一次審査請求という)、労働者災害補償保険審査官は、昭和五六年三月三〇日付けで、前記第一次処分を取り消す旨の決定をした。

3  右決定により、被告は更めて原告の右後遺障害が障害等級第一二級に相当するものと判断し、昭和五六年六月二三日付けで、同等級にかかる障害補償給付を支給する旨の本件処分をした。

しかし、原告の後遺障害は労働者災害補償保険法施行規則別表第一に定める障害等級第七級に該当するから、右処分は違法である。

4  原告は、昭和五六年一一月一四日、本件処分を知り、翌五日、労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をしたところ(以下、これを第二次審査請求という)、同審査官は、昭和五七年一月二一日「原告が本件処分を知ったのは昭和五六年六月二五日であり、右審査請求は、労働保険審査官及び労働保険審査会法八条一項に規定する審査請求期間を経過し、かつ期間経過について正当な理由があったものとは認められない」旨の理由で右請求を却下する決定をなした。更に、原告は、右決定を不服として、昭和五七年三月六日労働保険審査会に対し再審査請求をなしたが、昭和五八年六月二二日付けで、右同様の理由により、右再審査請求を棄却する旨の裁決を受けた。

5  ところで、被告においては、本件処分の通知が原告に送達されたのが昭和五六年六月二五日であるところから、原告が本件処分を知ったのは右送達のあった日であるとする。

しかし、原告は一九一六年三月二日朝鮮で出生し、成人した後戦時中のいわゆる強制連行により日本に連行されて来たものであり、日本語の読み・書きはまったくできないものであるから、本件処分の通知が送達された日をもって、直ちに、本件処分のあったことを知った日とすることはできない。原告が本件処分を知ったのは、原告において本件処分が障害等級第一二級相当額の障害補償給付を支給する旨の処分であることを現実に了知し得た日である同年一一月四日である。

仮に、原告が本件処分の通知の送達を受けた日、即ち前記の同年六月二五日に本件処分を知ったものであり、第二次審査請求は審査請求の期間を経過した後になされたとみられるものであったとしても、それは、前記のとおり原告は日本語が読めないものであったため、その当時直ちには本件処分の内容を理解し得ず、さらに、本件処分にかかる通知の代読を依頼した第三者から処分内容を誤認した説明を受けたため、本件処分を障害等級第七級相当の障害補償給付を支給する旨の処分であると誤信したことによるものであり、右の事情は審査請求の期間を経過したについて正当な理由たるものというべきである。従って、第二次審査請求は適法なものであるにも拘らず、労働災害補償保険審査官は、誤ってこれを却下したものであるから、本件訴えを適法な審査請求を前置しないものとして、不適法というのは失当である。

6  よって、原告は被告に対し本件処分の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

1  保険給付に関する処分の取消しの訴えは、労働者災害補償保険法三七条により、当該処分に対する審査請求及び再審査請求に対する裁決を経た後でなければ提起することができないものとされているところ、このような審査請求前置主義のもとにおける審査請求は、これにより実質的に審査を受け得る適法な申立であることを要するものであって、審査請求期間を徒過するなどにより処分の内容につき実質的に審査を受けることができない不適法な審査請求であるため、右請求が不適法として却下されたときは、審査請求前置の要件をみたしたものということはできないものであるから、右処分の取消しを求める訴えは不適法として却下を免れないものである。

2  ところで保険給付に関する決定に対する審査請求は、処分のあったことを知った日の翌日から起算して六〇日以内にしなければならないところ(労働保険審査官及び労働保険審査会法八条一項)、「処分のあったことを知った日」とは、当該処分が社会通念上関係者の予知し得べき状態に置かれた日をいうものと解すべきであり、従って、処分書が郵送された場合においては、その処分書が配達された日に処分があったことを知ったものとすべきである。

本件において、原告は、昭和五六年六月二五日に、支給決定・支払通知書の郵便による配達を受けたものであるから、原告は右同日に本件処分があったことを知ったものというべきである(現に、原告は、同日中に下関市山田町郵便局において、障害補償給付金の全額金六一万円を受領したものである)。

しかるに、原告は、同年一一月五日に至って、本件処分に対する審査請求(第二次審査請求)をなしたものであるが、右の請求は、法定の審査請求期間を徒過してなされたものであることが明らかなものであるから、不適法な審査請求であって、却下を免れないものである(なお、原告は、第一次審査請求にあっては、その法定期間内に審査請求手続きをとったものである)。

3  原告は、仮に、本件第一次審査請求が、その法定の審査請求期間を徒過したものであったとしても、原告は、正当な理由により、右の期間内に審査請求をすることができなかったものであると主張する。

しかし、同法八条一項但書にいう「正当な理由」により審査請求期間を順守し得なかったといい得るためには、単に請求人の主観的な事情により審査請求期間内に審査請求をすることができなかったというのみでは足らず、請求人が審査請求をなそうとしてもそれをなすことが不可能と認められるような客観的事情の存在を必要とする。しかるに原告の主張する「正当な理由」は、いずれも原告の主観的な事情に基づくものであって、同法八条一項但書所定の正当な理由にあたらないことはいうまでもないから、審査請求期間の徒過を追完し得るものとして、これを適法なものとはなし得ない。

4  以上のとおりであって、原告の第二次審査請求は、法定の審査請求期間を徒過してなされたものであり、右の徒過について正当な理由があったものではないから、右審査請求は不適法なものであり、右を理由として、これを却下した労働者災害補償保険審査官の決定及びこれに対する再審査請求を棄却した労働保険審査会の裁決はいずれも適法であって、本件訴えは、本件処分の内容につき実質的な審査を経ずして提起された訴えとして不適法なものであるから、却下されるべきである。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。ただし、原告が本件事故に際して受傷したのは左足踵骨骨折であり、その後遺障害は右患部の変形・疼痛、左下肢の筋力低下・筋萎縮に過ぎず、原告が右以外の傷害を負った旨及び原告に右以外の後遺障害があるとの事実はいずれも否認する。

なお、原告の第一次審査請求に対する労働者災害補償保険審査官作成の決定書に引用されている山口労災病院の小山正信医師作成の診断書には、「第七級の三に該当すると思われる」旨が記載されているが、右は同医師が後遺障害等級の認定基準を十分に理解しないままに判断したことによるものと解される。即ち、

小山医師の診断書は、後遺障害として局部的な受傷部位の疼痛を認定しているが、他方中枢神経系の神経症状については「知覚障害なし、その他の神経症状なし」としているものである。ところで労働省労働基準局長通達(昭和五〇年九月三〇日付け基発第五六五号)によると、神経系統の機能又は精神の障害については、(1)中枢神経系(脳)の障害、(2)せき髄の障害、(3)根性及び末梢神経麻痺、(4)その他特徴的な障害に区分されており、右の「特徴的な障害」は、更に、(1)外傷性てんかん、(2)頭痛、(3)失調・めまい及び平衡機能障害、(4)疼痛等感覚異常、(5)外傷性神経症(災害神経症)に細分されているものであるところ、その障害が中枢神経系の障害によるものであるときには、その障害等級は第七級の三にあたるとされているものの、中枢神経系の障害によるものではなく単なる疼痛等の感覚異常に留まるときは、同級に当たるものとはされていないものである。そして、同医師の診断は、その診断書の記載から明らかなとおり、原告の障害は、局部的な受傷部位の疼痛であるに過ぎず、それが中枢神経系の障害によるものではないとするものであることが明らかであるから、前記の疼痛等の感覚異常に過ぎないとするものとみられるところである。にも拘らず、同医師が中枢神経系の障害についてのみ適用あるべき第七級の三に当たるとしたのは、障害等級の認定基準について誤った理解によるものと考えられるところである。

そして、原告の後遺障害の如き疼痛等感覚異常の場合の受傷部位の疼痛について、(1)「労働には通常差支えないが時には強度の疼痛のためある程度差支える場合があるもの」は第一二級の一二に、(2)「労働には差支えないが受傷部位にほとんど常時疼痛を残すもの」は第一四級の九に、それぞれ該当するものである。被告は第一次処分においては右(2)に、第二次処分(本件処分)においては右(1)に、それぞれ該当すると判断したものである。

2  同2の事実は認める。ただし、「右後遺障害」とは、前記の症状固定時の後遺障害である。

3  同3のうち、原告主張のとおりの経緯で本件処分に至った事実は認める、原告の後遺障害が第七級に該当する事実は否認する、本件処分が違法であるとの主張は争う。

4  同4の事実は認める。ただし、原告が本件処分のあったことを知った日は、昭和五六年六月二五日である。

5  同5のうち、昭和五六年六月二五日に本件処分の通知が原告に送達された事実、原告が一九一六年三月二日生まれである事実は認める、その余の事実はいずれも知らない、法律上の主張は争う。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録、証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  被告の本案前の主張について判断する。

本訴において原告がその取り消しを求める処分は、労働者災害補償保険法三五条一項に規定する決定であるから、同法三七条により、労働者災害補償保険審査官に対する審査の請求及び労働保険審査会に対する再審査の請求を経るのでなければ、その取消しの訴えを提起し得ないものであるところ、右の審査請求及び再審査請求等は、それにより審査機関においてその処分の適否ないし当不当を直接判断の対象となし得る適法な請求でなければならないものであって、右の審査請求などが審査期間を徒過する等により不適法なものであり、それを理由として審査請求が却下された場合においては、同条に定める裁決を経たものとはいえないものであって、その取消しを求める訴えは、不適法として却下を免れないものである。

ところで、本件処分にかかる支給決定・支払通知書が、原告に対し郵便により昭和五六年六月二五日に送達されたこと、原告が本件処分に対する審査請求をなしたのは、同年一一月五日であること、右の審査請求に対しては、審査請求期間を徒過した不適法なものであるとして、その却下の決定がなされたことこれに対する再審査請求についても、前記決定には違法はないとして棄却する裁決がなされたことは、当事者間に争いがない。

二  ところで、原告は、本件処分があったことを原告において知ったのは、同年一一月四日であり、また、仮に原告において本件処分があったことを知ったのが同年六月二五日ころであったとしても、原告は正当な理由によりその審査請求の期間内に審査請求をすることができなかったものであるから、右の審査請求は適法なものであって、これを不適法として却下した前示の審査請求に対する決定は、その判断を誤ったものであるから、本件訴えは審査請求前置の要件をみたした適法な訴えであると主張するので、右の原告の主張について検討する。

1  (証拠略)を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、一九一六年(大正五年)三月二日、朝鮮で出生し、昭和一一年ころ(原告が数え年二一歳のころ)本邦に移住したものであるが(なお証人東俊平は原告は、歴史学上いわゆる強制連行と称されている措置により本邦に居住するに至ったと証言するものである)、日本語の読み書きが全くできず(ただし、1・2・3といったアラビア数字の読み書きはできる)、自己の氏名でさえ、手本をもとにそれをそのまま書き写すことができる程度であり、日本語による会話も日常生活の上では一応は不自由しない程度にはできるものの、複雑な内容になると、正確な意思疎通をはかるのがやや困難である(なお原告は、朝鮮語も読み書きすることができない)。

(二)  原告は従来、日本語で表記された文書を読む必要が生じた際には、身近の知人らにその代読を依頼して説明を受けており、本件事故から本件処分当時にかけて、原告が主として代読を依頼していたのは、昭和二七年ころからの知人である田上であった(なお、原告は濁音の発音が不明瞭であるため、第二次審査請求に関して原告の陳述を聴取した書類等(〈証拠略〉)には、高見(タカミ)と記載されている)。なお、田上は、以前に労災事故にかかる障害補償給付を受けた経験があったため、当時その手続等についてもある程度の知識を有していた。

(三)  原告は、昭和五五年一二月二五日ころ、第一次処分の送達を受け、知人(田上と推認される)にその代読方を依頼し、その説明により障害等級第一四級に該当する旨の処分であることを知った。原告はこれを不服として、田上に労働保険審査請求書の所要事項の記載方を依頼して右請求書を調えたうえ昭和五六年一月一二日、右審査請求書を労働者災害補償保険審査官あてに提出して、第一次審査請求をした。なお、原告はその際、審査請求の期間が六〇日であることを知った。

(四)  労働者災害補償保険審査官は、原告の後遺障害が障害等級第一二級に該当するものとして、第一次処分を取り消す旨の決定をなし、その決定書は、昭和五六年五月四日、原告に送達された。なお、右決定書の「判断」中には、原告の後遺障害が「第七級の三に該当すると思われる」旨が記載された山口労災病院小山正信医師作成の診断書を引用する部分があるものの、その全体を通読すれば、右小山医師の右の診断は採用し得ないとするものであることは明らかであり、また、末尾の「結論」と題する部分には「障害等級第一二級に該当するものと認められる」旨が明記されているものである。

(五)  被告は、昭和五六年六月二三日、原告に対し障害等級第一二級に相当する額(ただし、原処分時に給付した分を控除した額)の障害補償給付を支給する旨の本件処分をなし、かつこれに基づき「支給決定・支払通知」と題した書面(乙第一〇号証、これには「給付基礎日額」五〇〇〇円、「保険給付・特別支給金の種類」障害補償一時金・障害特別支給金、「支給決定金額」保険給付額(障害等級第一二級)五三万円・特別支給金額八万円、「支払金額」六一万円等の事項が記載されている。なお、数字はアラビア数字で記載されている)と、国庫送金通知書を、原告に対し郵便により送付し、右書類は、昭和五六年六月二五日原告に送達された。原告は、右送達を受けた当日である昭和五六年六月二五日、下関大和町郵便局(第二次審査請求関係の書類には山田町郵便局と誤記されている)において、本件処分による支給金の金額六一万円を受け取った。

(六)  それに前後して、原告は第一次審査請求に対する前記決定書を田上に代読してもらったところ、田上からは、右決定が「原告の後遺障害が障害等級第七級に該当する」旨を認めたものであるとの説明を受けた。そして、原告は、本件処分により自己の後遺障害が障害等級第七級に該当する旨の認定がなされたものと誤信した。

(七)  当時、原告は、障害等級が第七級であれば年金が支給されると聞いていたことから、前記送金は、その年金中の一部に関する支給手続と理解し、後日更めて定期的に年金を支給する趣旨の手続がとられるものと考えていたところ、その後も、その手続がとられる様子もないことから不審に思い、昭和五六年一一月四日、山口労働基準監督署で質したところ、本件処分が前記のとおりのものであることを教えられた。そこで、原告は翌五日労働者災害補償保険審査官に対し第二次審査請求をした。

以上のとおり認められる。なお田上が右認定のように誤認した理由は、同人が、原告において障害等級第七級に該当するとの主張を前提とした第一次審査請求に関与しており、第一次審査決定が第一次処分を取消したものであったことから、直ちに障害等級に関する原告の主張を容認したものと即断し、決定書の記載を熟読しなかったものか、或いは小山医師作成の前記診断書を引用した部分の趣旨を誤認したものではないかと推測し得るほか、必ずしも詳らかではない。

2  ところで、前記認定事実によれば、原告は、昭和五六年六月二五日本件処分にかかる通知に接し、かつ本件処分に基づいて追加給付を受けた障害補償給付金を右同日に受け取ったものであるから、右同日には、第一次処分時において認定された障害等級(一四級)より上位の障害等級に該当する旨の認定がなされ、障害等級の変更があったことは、これを知ったものであり、ただその障害等級が第一二級であることについて誤認したに過ぎないものと解される。

そうだとすると、原告は、本件処分がなされたこと自体は、これを右の昭和五六年六月二日に知ったものであり、ただその内容について一部誤認があったというに過ぎないものであるから、原告は右同日には本件処分があったことを知ったとするに妨げないものと言うべきである。原告は、本件において審査請求期間は、原告が処分内容を現実に了知した日の翌日から起算すべきであると主張するが、審査請求期間の起算日は処分があったこと自体を知った日(但しその翌日)をいうものであって、その際にその処分が不利益である旨の認識を欠いていたときは、その認識を欠いた事由ないしそれに至った事情が審査請求期間徒過の正当な理由となり得るかについて考慮すれば足り、審査請求期間の起算日を別異に扱うべき事由たり得るものとは解し難い。

3  次に、原告が審査請求期間を経(ママ)過したことにつき、正当な理由があったといい得べきかについて検討する。

(一)  前記認定によれば、原告が、本件処分があったことを知った当初において、本件処分に対する審査請求の手続をとらなかったのは、原告において、本件処分は原告の後遺障害を障害等級第七級に該当するものと認定したものと誤信し、その誤信した認定等級に不服がなかったためと認められるところである。

原告が右のように誤信したのは、前記認定事実によると、まず原告において、本件処分に先立つ第一次審査決定の内容とするところを誤解したためであり、原告がそのように誤解したのは、日本語を読む能力がなかったためにその代読を依頼した田上の誤認がその一因となったものであるから、原告が誤解したについては見るべき事情が存することは否定できない。

(二)  しかし、前記認定事実によると原告は、自らが決定書の記載内容を読解し得ぬことから、信頼するに足ると自らが判断した田上にその代読方を依頼し、右田上の過誤によって、処分内容を誤認するに至ったものである以上、これによって生じた不利益は原則として自ら甘受すべきものであって、右の事情が直ちに期間徒過の正当事由にあたるものということは困難である。

のみならず、本件処分の通知(〈証拠略〉)には、原告において障害等級第七級に認定されたものとの誤認を生じさせるような記載はみられない(むしろ、前示のとおり障害等級は第一二級である旨を明示する記載のあるものである。)そうすると、原告が、本件処分にかかる前記通知書を受領した際に、更めて障害等級の認定に関する記載を含む通知書の記載事項について、その代読方を他に依頼しておれば、認定がなされた障害等級について正確な説明を受け得たと推認して妨げないところであるから、原告に日本語を読む能力がなかったとしても、障害等級の誤信に気付き得る余地があったと推認し得るところである(前記認定に供した証拠によると、原告には通知書の記載内容について誤りない説明を受け得る知人もあったと推認し得るところであり、他方、前記認定のとおり、原告は現に手近の山口労働基準監督署に問い合せていることからすると、前記当時、直接労働基準監督署等関係官庁の担当者の説明を受けることも容易になし得た筈と認められるところである)。

しかるに原告は、更めて、本件処分の通知書の記載事項全般について、他に代読を依頼などの適切な方法によってその内容を確認了知することをしなかったため、自己の誤信に気付く機会を失ったものといわざるを得ない。右に関し、原告は、その本人尋問(第一回)において、本件処分の通知書もまた田上に代読してもらったかのように述べる部分があるものではある。しかし、前記証人田上の証言中にはこれを否定する証言部分があることに、原告は、本件処分の通知のあったその当日のうちに障害補償給付金の支払いを受けていることからすると、むしろ通知書を田上に示すことなく受領手続をとったものと推認し得るところであって、この事実と前記証言に対比すると原告の前記供述部分は採用し難い。そうだとすると、原告において日本語を読む能力がないことの故に前記のように誤信したのもやむからぬものであったとは解し難いものであって、これをもって直ちに審査請求期間徒過の正当事由とはなし難いものというにとどまらず、原告が審査請求期間を徒過したのは、原告自らの不注意にもよるものと言わざるを得ない。

(三)  以上に説示したところからすると、原告に日本語を読む能力が無かったことは審査請求の徒過を追完し得る正当事由とはなり得ないものというべく他方本件審査請求期間の徒過に関し、その追完にかかる正当な理由の有無を判断するうえで、他に特に考慮すべき事情は窺われないから、原告が審査請求期間を徒過したことにつき正当な理由があったものとは認め難いものというほかない。

三  そうすると、本件処分に対する前示審査請求(第三次審査請求)は審査請求期間を徒過した不適法なものであって、これによっては本件処分の適否ないし当否の判断をなし得ないものであるから、原告の本件訴えは審査請求手続を経ないものとして不適法な訴というべきである。よって、本件訴えを却下することとし、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北村恬夫 裁判官 前川豪志 裁判官井上秀雄は、転補のため、署名押印することができない。裁判長裁判官 北村恬夫)

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